2017年04月03日

名ばかりの“地方創生”


初めて松山空港に来ました。さらに四国を訪ねたのが高校生の時に来た香川県の栗林公園を見学した時、そして数年前に高知市で開催された“違憲国会の葬式”に来て以来、三度目にして、漸く愛媛県の地に来れたのです。

今日は松山空港から予讃線の“しおかぜ18号”に乗車しましたが、左側座席を取ったことが幸いしました。海無し県の住人にとっては、海は大変魅力的に感じるものです。東京湾の海とは異なり、まったく青の色が違います。しかも今日は晴天であり、海面がキラキラと輝いておりましたので眩しいくらいでした。


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何故、今日松山に来たかといえば、フリージャーナリストのTさんのお供できたので半ば行楽を決め込んで来たのです。また天気も良かったことと、お供の気楽さでTさんの行く先々、一緒に付き合って楽しいお思いをしました。

今、森友学園が騒がれていますが、素人目には、どちらが仕掛けたものかと白黒つけて貰いたいと野次馬根性で興味津々眺めていますが、私たちに直接の損害が見えないために他人事としてしか映らないのかも知れません。

ですから、縦割りの弊害があってもお役人が毅然とした態度を貫いて貰いたいのですが、これがまた無理なのです。政治家の圧力があれば聞き入れなければならないとソンタクしてしまうものです。力がある代議士に言われれば尚更です。

ここに公務員の弱味があります。こんな社会の仕組みでは、しがらみの無い世界をとどんなに望んでいても、全くしがらみの無いことが実際には不可能では無いでしょうか?・・・と疑問を感じてしまいます。そして今まで自分のやって来たことを考えても、しがらみが無かったのかと言えば、完全にゼロだったとは言い難い現実もあります。

しかし、Tさんの見方は、ある意味で一般人のそれとは切り口が違いました。常に疑問を投げ掛けて、それに至った原因(時、意思決定に至ったタイミング等)を聞き出そうとします。ある事業主体 ➡ 行政の方針 ➡ 国(政府) ➡ 事業主体、これらに時間軸を加えて、この一連の循環の中の何かが不自然だと気付くのです。

ここで一連の流れの出発点は、一体何処にあるのか、それが問題ですが現実には予算を持っているのは政府、行政なのであります。補助金というものがあるために、その分配を仕切っている部門が強大な権限を持っていることは誰にでもわかる通りです。

一方、一つ一つの流れを都度聞いている当事者には、それは○○事業に必要だと物事を進めているためでしょうか何かが不自然だとか、おかしいとは気づかないのかも知れません。しかも其々の担当者は自分に与えられた仕事をやり遂げることが任務であり、この中で仕事を遣る以上は、疑問を投げ掛けている暇はないのでしょう。

この疑問を投げ掛ける役割は、当然、市民或いは選挙民から選ばれた代議士や県議、市議の皆さんなのでしょうが、その議員の皆さんが首長の計画立案に疑問も抱かず、同意ありきでは何をか況んやです。今日、お話を伺った範囲だけでも地方創生とは言うものの中身が全く伴っていないことがわかりました。



















posted by toshi at 23:53| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする