2022年09月09日

宗教に飲み込まれた政治


 このところ旧統一教会と自民党政治家が関係していたことがマスコミに暴露されている。7月8日に旧統一教会との関係では元祖のような存在だった安倍元首相が銃撃に遭って亡くなってから、ダムが崩壊したように一気に国民の目に晒されている。どうもおかしいな感じがするのは、現在も岸田自公政権であるが、30程前になると思うが、公明党に圧力をかけていたのが自民党だった。公明党と創価学会との関係を政治と宗教が一体になって、憲法違反だと抗議していたはずだ。それが自公政権になった理由が知りたい。自民党が選挙の時に創価学会の票をもらわないと勝てなくなったため、自ずと創価学会の政党、公明党に寄り添わなくてはならなくなったのだと考えられる。

 しかし現在の自民党が旧統一教会の票を頼りに議席を確保していたなら、何をか況んやである。メディアが、これらの真実を追求しないので国民は知り得なかったのだから、現実を知ったら相当な怒りが沸かなくては嘘だ。政治に無関心で居られるほど諦めては居ないはずである。自公政権の無策によって、或は国民虐めの政策によって、今では4割もの働き盛りの労働者が非正規雇用に甘んじている。このまま無策を続けていると少子高齢化、人口減少社会の先端を走る日本丸は、確実に衰退するのは目に見える。

 旧統一教会が政治に係わっていく様を「日本の政治と旧統一教会の闇」ーある元衆院政策秘書の回想ーとして、メディア展望(2022.9.1)729に書いている。これをお読みいただくと長い間、メディアが追求し続けていれば、これ程の大事件にならなかったのではないかと思う。今更ながら、職業意識が足りないのではないかと怒りが沸く。メディアの責任は重大である。URLを貼り付けて置きますので、お時間の有るときにご覧ください。

https://www.chosakai.gr.jp/wp/wp-content/uploads/2022/08/20220900_729pdf.pdf

 メディアばかりではない。政府というか、オリンピックの疑獄事件についても、あれだけおかしい不正があるに違いないと騒がれていたにも拘わらず、検察は安倍の政治屋の怒りを買うのが恐ろしかったのだろうか、現職の時にはもう少しのところで逮捕できなかったと聞き及びますが、なんと安倍元首相が倒れてからは、今度こそと実力を発揮している。だが一般国民から見ると、安倍が現役の時に詰めるべきだったと思うのだ。
官職として自らの首をかけた仕事をして欲しかった。検察が真剣に仕事をしている姿を見れば、政治家だって、今よりは真面な政治を行ったはずだ。

 情報が集まる官僚組織や官僚に操られた政治家が多い中、チンピラ政治家の脅しに屈して官僚が持てる能力を発揮できなかったのだろうが、本当に残念なことです。今からでもよい。コメ国に隷従する政治から離れ、独立国としての歩みを進めてもらいたい。宗教に操られ、コメ国にひれ伏し、我が利権を貪る見にくい政治は止めてほしい。次の総選挙まで、有権者国民は、このオリンピックと旧統一教会に関する事件を忘れてはならない。
















posted by toshi at 16:17| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする