2017年04月14日

9年前の悪夢が


(サンセット)
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(サンライズ)
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9年前の悪夢が戻ってきたが、二度目の症状なので冷静そのもの。しかしボタボタ落ちる鮮血に少しは驚きを隠し得なかった。早速に119番通報を頼み待機した。5分もすると救急車はやってきた。そこで簡単に処置方法に従い深夜の病院へ駆けつけた。

病院に着き救急外来の担当医に診てもらう頃には、治まっているように鼻出血は、止まっていた。そのため帰宅することになった。だが帰宅すると、また先ほど以上に鮮血が鼻から、口から次々と出る。如何に冷静に振る舞っていても、過去の経験がよみがえってきて、また痛い思いをするのかと不安になった。

もう一度、救急車を呼ぶと先ほどの救急車が来てくれた。血を吐いているため受け皿を抱えながら病院までたどり着いたものの、担当医は診療中で30分程待たされる。この受け皿を持って口内に流れる鮮血を吐きながらの30分は大変長く感じた。

しかも担当医は耳鼻科の医師ではなかった。これ以上の処置はできない。耳鼻科の先生に連絡してきてもらうことになった。約1時間して耳鼻科の医師に診てもらう。前回同様にガーゼをぐいぐい両穴に突っ込まれて、その都度痛みはしんどいが、これは我慢するしかない。

口呼吸となり、暫くの養生をすれば元通りに回復出来ることがわかってはいるのだが、問題はガーゼを抜くタイミングがポイントである。この日がいつになるのか?
それは私が決めたいと思っている。スッポリとガーゼが抜けるような感覚を覚えた時にやってもらいたい。

そんなこんなで進学、進級の日の深夜に突然起こったドタバタ劇だったのですが、血を見るだけで、恐ろしいと感じていた時もあった者にも、今ではだいぶ度胸のようなものがついた気がいたします。

食習慣と運動が大事だと言われながらも、なかなかそうはしていられない現実があります。このようなことが3度もないように注意したいと思います。

(夕食:美味しいです)
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posted by toshi at 07:43| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月09日

故人を偲ぶ食事会のひとこま


昨日は昼食会に参加しました。まる3年3カ月経ったN先輩を偲びながら、昼食を共にいたしました。N先輩は母校の教授として、頼まれたことは何でも気さくに、かつ嫌がらずに受けて、しかも上手く処理する能力に長けていたということを参加者の皆さんのお話を聞いて改めて知ることができました。

私とNさんとは、一度目は新入生を迎えた5月の末に開催されるウォークラリーで、ご一緒したことと、二度目は小金井公園の桜の見物とNさんが設計を手掛けた小金井市立体育館を見学した2回と、新年会で顔を合わせることぐらいでした。ですから僅かの出会いなのですが、印象深い記憶としては丁寧な説明をしてくれたことと、大上段に構えない優しい心遣いのできる人柄を思い出します。

皆さんのお話から、Nさんの人柄がはっきりして来ました。絵が上手で設計も懇切丁寧に町の期待に応えるプランを提案してきていたといいます。また専建築門書も手掛け、趣味を超えたプロ並みの陶芸もやり、さらに付属の沖縄文化研究所にも所属して研究活動もしていたと言いますし、陰口をいう方ではなかったそうです。また夫人のお話でも夜は遅くに帰っても、奥様手作りの食事も摂り、夫婦の絆を大切にしてくれていたのではないかと仰っていましたので、一体何処で疲労を癒していたのだろうかと思います。

そんなこんなのストレスが溜まってしまい倒れてしまったのでしょうか? 日本民俗建築学会の仲間たちが、頼りすぎたからでしょうかね・・・と言って、参加者のひとりKさんは、かつての同僚を偲び懐かしんでいました。このように其々が思い出を語り、故人を偲び酒を和やかに酌み交わしていると、いつの間にか2時間が過ぎてしまいました。

Pさんが、Nさんのことを母校のレオナルド・ダ・ビンチだと仰っていたのが印象的です。N先輩は、みなさんが強く引かれる何かを持っていたのは間違いありません。

二次会でも御茶をしながら、あれやこれや実は、何々という真しやかなお話もあり、楽しい土曜日となりました。この様子を天国でNさんは、どのように見ていたことでしょう! 何れにしても安らかにと祈るばかりです・・・。

会場を出て、さらに上階に行くと見晴らしのよいフレンチ・イタリアンのお店がありました。下界を眺めるに都合のよい場所だったので、店内から見せて貰いました。

窓越しの先には、代々木の体育館が見えます。


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また店内の様子も素晴らしいものでした。夜の賑わいは、さぞかしでしょう!

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posted by toshi at 23:46| 埼玉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月06日

4/23&5/4 山城博治さん来たる!


長期間の拘留から保釈され元気な姿で辺野古に戻った山城博治さんが、4月23日と5月4日に東京に来ます。詳細はチラシをご覧下さい。なお辺野古新基地建設及び高江のヘリパッド建設に反対するのは地域住民の当然の権利です。

また過去数回に渡る名護市長選挙、沖縄県知事選挙においては何れも反対派が勝利しました。その選挙で基地建設推進派と容認派は、現与党の自民党と公明党であり、懸命に民意を問うと訴えていたはずです。

しかし選挙に敗北した途端に基地建設には、一部の地域の民意など関係ないというばかりに基地建設を強行すると公言して、強引に進めています。これでは独裁国家としか言いようがありません。堂々と選挙を戦って負けたのです。ならば潔く数年、少なくとも数ヶ月位は民意を尊重するだけの自粛があってしかるべきなのです。

だが、それをしている余裕さえ無かったのでしょう。と言うことは基地建設への圧力があったのでしょうか? でなければ、ここまで強引に遣るはずがないと思います。そう考えると安倍政権の裏には抵抗しきれない程の圧力が働いていたのか、或いは某権力にソンタクして、自ら真の権力者が考える方向に舵を切っているのではなかろうか。

何れにしても、この不条理な状態を沖縄県並びに地元名護市を挙げて抵抗するには、山城博治さんのリーダーシップは欠かせない存在です。とにもかくにも山城さんが元気に復帰できて良かったです。

この辺野古と高江の問題は、私たちの民主主義の理解の程度を表していますし、このまま権力の横暴を許してしまえば、民主主義を手放した事になり、政府が基地建設を中止すれば民主主義は辛うじて生きていることになるでしょう。

どちらにしても私たち有権者国民の責任になることは間違いありません。


(チラシ:大木晴子のページ〜明日も晴れ〜より)
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posted by toshi at 22:53| 埼玉 ☔| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする